舞城王太郎「獣の樹」と「西暁サーガ」について
今回はちょっと考察めいたものを書きます。ネタバレバリバリです。
さて、昨日の記事で舞城王太郎著「獣の樹」について書きました。
全体として非常に読み応えのあるエンタメ作品だったと思いますが、
1つ気になったことがありました。登場人物の名前についてです。「獣の樹」の主人公の名前は(作中で何度か変わりますが)「成雄」。
これは同作者2003年発表「山ん中の獅見朋成雄」の主人公である
獅見朋成雄(しみとも・なるお)の「成雄」と同じで、この二人は
「背中全体にたてがみがはえている」、「すごく速く走れる」という
特徴まで一致しています。舞城氏は自らの作品の舞台に架空の町、福井県西暁町を据えることが
多く、その作品群は「西暁サーガ」と呼ばれることもあります。
今作「獣の樹」は西暁町とそこに近接する街を中心に起こった一連の
事件を書いた物語となっており、「山ん中の〜」の舞台もまた西暁の
山中となっています。同じ舞台で同じ名前、同じ特徴をもつ、2人の
主人公。しかし、「山ん中の〜」はもちろん「獣の樹」でも、西暁に
たてがみを持つ成雄が2人居るという描写はありません。記憶を失くす前の成雄の本来の名前かと思ったけど実は違って全くの
他人でラスボスだった(ややこしい!)梨木友徳についても同様です。
この「友徳(とものり)」は今年の芥川賞候補となった舞城氏の作品、
「ビッチマグネット」の主人公、香緒里の弟の名でもあるのです。
「ビッチマグネット」の舞台は西暁町ではありませんが、わざわざ別の
作品と同名の人物を登場させる意図はなんでしょうか。「成雄」と「友徳」、過去の作品で見知った名前が物語の根幹に関わる
登場人物の名前として使われていることに、モヤモヤしながら物語を
読み進めていた僕でしたが、「獣の樹」の作中で書かれた「名前」と
「言霊」についての説明から、1つの仮説を得ることが出来ました。「『コトダマ』?それもまだ聞いたことない」
「言葉そのものの霊的な力のことや。何か名付けたり、何か変な風に呼ぶと、
その言葉の通り何かが起きたり、何かを変えたりするんや」/192ページ兄の友達から「言霊」について教わった成雄は、自分の名前が自らに
与えている影響を考えます。「成る」「雄」。「雄」はヒトとしての
男性性を表しているのではなく、動物の「オス」を表しているのだと、
成雄は解釈します。「成雄」=「動物のオスになる」という暗示、言霊。また、記憶を持たない成雄は物語の途中で、自分は本来「梨木友徳」と
いう人物だったのだ、と思いこむことになります。そして自分が「梨木
友徳」という名前だったとしたら、それが自分にどんな影響を与えるの
だろうか、と想像し、「友」からは「友達」、「徳」からは「人徳」と
いう言葉を、それぞれ連想します。僕がこの名前で生きていたら、僕には友達がたくさんできて、立派で善い
人間になっていただろうか?/192ページさて、物語が進むと、成雄と友徳は別人であり、友徳なる人物は自分で
「憂涜」(=ゆうとく=友徳)と名前を変えて生活していたということが
明らかになります。そして物語の終盤、成雄は自分の名前が「風神・鳴る
音日子(ナルオトヒコ)」に由来することを思い出します。ここで僕が思ったのが、「獣の樹」、「山ん中の獅見朋成雄」、そして
「ビッチマグネット」は、登場人物の名前の言霊によりそれぞれが別々の
役割を負った、並行世界の物語なのではないかということです。「獣の樹」の成雄と友徳の2人が、もし名前そのままの言霊の影響を受け
生きたらどうなるか。「山ん中の〜」は成雄の、「ビッチマグネット」は
友徳の、言霊そのままの世界の物語を書いているのではないでしょうか。
「獣の樹」の成雄は「オスに成る」ではなく「成る音日子」、友徳は自ら
考えた「憂涜」の言霊の影響下にあるため、本来の「成雄」や「友徳」と
違う人生を歩むことになった、というわけです。「獣の樹」では物語の最後に、西暁とそれを取り囲む世界が大きな変革を
迎えます。それは物語の中の世界そのものの形を変えてしまいかねない、
大きなうねりです。舞城氏は、「獣の樹」に敢えて過去作品と同じ名前の
人物を登場させることで、獣の樹の世界とそれまでの「西暁サーガ」の
世界が似て非なる、別のものであるということを暗示しているのではない
でしょうか。 ……というのが僕の仮説。この仮説だと西暁に同じ特徴を持った成雄が2人いることも、2作品を
跨いで友徳という名の人物が登場することも一応の説明がつくし、何より
作中で「名前の力」「言霊」を強調していた舞城氏がわざわざ過去作品の
登場人物と同じ名の人物を出すのには絶対に何か意図があるはずで……という感じだったのですが、なんか書いている途中であまり自信がなく
なって来ました。更に仮説を広げて、「西暁サーガ」の物語は、実は全て
並行世界のこととして書かれているのではないか、とも考えたのですが、
こちらの方はもっと自信がありません。「熊の場所」で殺人を犯した中学生2人が「スクールアタックシンドロー
ム」で小学校襲撃600人殺しもやっているとか、そもそも西暁で人が
死に過ぎ殺人起こりすぎ、全国的に話題になるような猟奇事件起こりすぎ!
というのがこの仮説に至った経緯ですが、まあ説としては弱いのかな。「西暁サーガ」についてはもしかしたら既に確固とした論拠を伴った
仮説が出ているのかも知れません。悪しからず。ちょっと今までにない
感じで長くなりましたが、申し訳ないです。僕は舞城王太郎が好きです。