獣の樹

獣の樹 (講談社ノベルス)

獣の樹 (講談社ノベルス)


ネタバレみたいなものを書いてしまうかもしれません。

id:hayamonoguraiさん経由で発売を知ったその日(昨日)、自転車を
駆って買いに行った舞城王太郎氏の書き下ろし長編。登場人物の日常が
アクセル全開で急加速して、世界がいつの間にかよく分からない感じに
なって、設定は本当にぶっ飛んでいるのだけど、読者はそれを不自然と
感じるどころか物語に引き込まれてしまう。これは舞城作品に共通する
魅力の1つですが、今作もやはり説得力とドライブ感が圧倒的でした。

主人公はまっさらであるが故に、人々が当然のように持っている常識が
なぜ常識なのかを疑って、読者に感情とは何か、アイデンティティとは
何か、そもそもヒトとは何かという疑問を反芻させます。何度も涙を
流して、感情の源流みたいなものを文字通り体得していく主人公の姿は
とても印象的で、まあ、「ありがとう」を初めて感じた瞬間にこぼれる
涙なんてちょっと感傷的でドラマティック過ぎるような気もしますが、
やっぱり確固たる説得力があるため胸に迫ってくるわけです。

そういう人間の心の機微を書きつつ、ミステリ要素とエンタメ要素を
バリバリ盛り込んでくるのもやっぱり舞城作品の魅力であって、今作も
得意の建物トリックや「見立て」、圧倒的な強さで敵をなぎ倒すカタル
シスを十分に楽しむことができます。今作はそれらに加えてSF的な
要素も盛り込まれていて、突飛な設定に拍車がかかっていたかな。

そんな感じで非常に楽しみつつ524ページを一気に読んでしまった
わけですが、ひとつ気になったのが登場人物の名前。これについては
長くなりそうなので次の記事にまとめようと思います。まあとにかく、
「獣の樹」、面白かったです(考えうる限り最も安易な感想)。