半虚構
「今から花火してスイカ割るから来るといいよ。花菜さんもいるよ」
そんなお誘いの電話が来たので、午後9時30分、夕食を食べ終えた僕は、
大学に自転車を置きっ放しだったという事実も忘れて家を飛び出しました。
花菜さんは僕を可愛がってくれているキュートな先輩ですので、なんとなく、
足取りも軽くなります。集合場所に指定された公園に着くと花菜さんをはじめ、僕に誘いの電話を
よこして来た友達など知り合い4人が、もう既に集まっていました。
「準備は万端だ」
公園の広場の真ん中に敷かれた新聞紙の上に、大きなスイカが転がしてあり
ました。友人たちの輪に入った僕は、いきなり細長い木の棒を手渡されます。
「20回まわった後、目をつぶって頑張ってください」
「えー、あー、わかりました」突然の展開に若干の戸惑いを感じながらも、友達に言われるがまま、僕は
軸となる棒の先に軽く額を当てる格好で、ぐるぐるとその場を回りました。
まともにスイカ割りに挑戦したのなんか、生まれて初めてかもしれません。
10周した辺りで足元がおぼつかなくなり、13周目でついに大転倒。
えええ。こんなにも目が回るのか…!転倒した拍子に右腕を擦りむきました。「あいつ身体張るなぁ」なんて、ギャラリーが笑いながら言って来ますが、
いたって真面目な僕はフラフラになりながらも目標のスイカを目指します。
「もっと左、左!」「もうちょい右!」。周りからのお約束の掛け声に従い、
歪んだ平衡感覚と格闘しましたが、最後は空振り。棒が地を打つ音が公園に
むなしく響きました。その後、僕に続いて他数名が挑戦しましたが、みんな
尽く失敗し、結局花菜さんが目視で捉えたスイカを思い切り叩き割りました。1つ1つの塊が大きく不恰好に割れているスイカに、みんなで齧りつきました。
それは今まで食べたどんなスイカより甘く、舌触りがぬるい分、甘さが余計に
際立っているように感じました。
「はい」
全員無言でひとしきりスイカを食べた後、花菜さんが、それまで食べていた
スイカを僕の鼻っ先に突きつけました。僕は僕で僕の分のスイカをまだ持て
余していましたし、それより、ジュースやお酒の回し飲みと違って、スイカを
介しての間接キスって、なんか少し生々しくないかね、と一瞬思ったのですが、
変に意識して断るのも逆にやましい気がしたので、僕はただ「はい」と返事を
して、差し出されたそれを1口だけ貰いました。花菜さんは僕のその様子を
見て満足そうに微笑み、そして頷きました。小さな向日葵みたいな笑顔でした。5人で大玉のスイカを丸々食べきるのはやはり無理でした。みんな途中で
満腹になり、テンションも下降気味になってきたので、状況を打開するため、
僕と友達の2人で近くのコンビニへお酒を買い出しに行くことになりました。
「花菜さん、今日この後、前の彼氏に会いに行くんだって」
適当に発泡酒を選んでから公園に戻る途中、唐突に、友達が口を開きました。
花菜さんとその彼はこの前別れたばかりと聞いていたので、僕は驚きました。
「よりでも戻すの?」
「逆。借りてたジャージ返すついでに本当に完全に別れるつもりらしい」
本当に完全に別れる、とはどういうことなのか。逆に、本当に完全に別れて
いない状態というのは、どういう状態なのか。僕は訊けませんでした。僕たちが公園に戻ると既に花火が始まっていました。
花菜さんはお酒を少しだけ飲んだ後、子供のようにはしゃいで花火を振り回し、
本来なら少し離れた場所に置いて鑑賞するタイプの花火を手に持ったまま点火し、
僕たちをアワアワさせて、大車輪の活躍を見せました。花火はあっという間に
減りました。僕がその日最初の線香花火に火を点けた時、花菜さんが言いました。
「私そろそろ帰るよ。今日は楽しかった。またやろうね」
みんな事情を知っていたらしく、止める者はいませんでした。その、元彼氏の
ジャージが入っているのであろうビームスの紙袋を、大事そうに抱えて公園を
後にする花菜さんを横目で見送りながら、僕は意識を花火へと集中させました。火種はあっけなく地面に落ちて、僕は、なんだかなあと思いました。
スイカ割りで出来た右腕の擦り傷が、弱くひりひりと痛みました。