振り返り


「今日は法事で多分お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも
お父さんも遅く帰ってくるよ」
そう母から聞いたのは、今朝リビングで遅い朝食を
とっている時で、外にはみぞれ雨が降っていた。
「父さん呑んで来る?」
僕が訊くと、母からは「車で行かなかったからね」と
暗い返事が返ってきた。呑む気満々だという事だ。

数時間後の夜8時、電話が鳴った。父からだった。
電話を切った後、母は憂鬱そうに言った。
「お父さん9時着の電車で帰ってくるって。
思ってたより早いけど。すごく酔ってる。ひどい」

泥酔した時の父ほど始末に終えないものはない。
年に何度かやってくるあの酔っ払いには家族みんなで
手を焼いており、母の言葉を聞いた妹の顔は確実に
引きつっていた。父は素面の時こそ温和だが、一定量
以上のアルコールをとると人が変わってしまう。
僕や妹を捕まえてはくどくどと長い説教を垂れるし、
母には結構辛く当たるのだ。

1時間後、予告通りに父が帰ってきた。声が大きい。
声以外にも色々物音を立てて騒々しい。父を駅から
車に乗せてきた母が早口で言う。
「お父さん今2階の部屋に行ったから絡まれない内に
早く自分の部屋に行きなさい。特にお前は顔合わすと
きっと受験の事とかも言われるよ」

大受験で負け越している僕にとって、その状況は
なんとしても避けたいものだった。普段の父ですら
良く思えない年頃の妹は、嫌な顔を通り越して最早
困った顔をしている。僕らはそろりそろりと階段を
上り、それぞれの部屋に入った。父が居る部屋からは
時折大声の独り言が聞こえてくる。

僕らはじっと部屋にこもって、母の健闘を祈る。
父が寝静まるのを待つ。嵐が過ぎるのを待つ。